くだらないものグランプリ

 ブログを書かなくなって1年半が過ぎた。年に15回という目標を達成できなかった2020年を経て、2021年に3回ほど更新しそれきりだ。久方ぶりの投稿はもうすぐ本番当日を迎える「くだらないものグランプリ」について書こうと思う。くだらないものグランプリは、2020年に始まった製造業者発の、文字通り「くだらなさ」を競うイベントだ。名古屋で開催されるはずだった展示会で、出展企業の有志が共同で出展ブースをひとつ借りて、ただ並べるだけの展示ではなく “動きのある” ブースを作ろうということから始まった。各社が持つ技術を目を引くパフォーマンスで盛り上げ、集客できたら楽しいね!といったような声掛けで数社が集まったように記憶している。ふわっとしたアイデアで、まだまだカタチにならないうちにコロナによる展示会そのものの中止のお知らせが主催者から告げられたのだ。そのまま盛り上げブースの話は白紙になってもおかしくない状況だった。

 なのに、である。コロナ禍で身動きが取れなくなった活きのいい町工場集団は、エネルギーが余っているのか “盛り上げブース” の小さな芽をあれよあれよという間に自慢の技術をくだらないものに注ぎこみ、そのくだらなさを競い合うイベントにまで開花させたのだ。たまたま名古屋開催のリアル展示会に出展を決めていたエストロラボもそのご縁に預かり、発起人たちの熱量に引きずり込まれた。記念すべき「第一回くだらないものグランプリー」にエントリーし、シャー芯に穴をあけて「世界一折れやすいシャーペンの芯」をつくる好機を得たのだった。それが2年前の話で、回を重ねるごとに注目を浴びるイベントとなり、10月15日に「第3回くだらないものグランプリ」の本番が開催される。各社の事前PR動画がYouTubeで見られるようになっていて14日までは、視聴者が1社に1票(1ポイント)を投じられるようになっっている。本番の15日は生配信される各社のプレゼンを見て1社を選び、1票で3ポイント入る仕組みだ。各社が作る動画の質、本番のプレゼン力、メディアへの露出、そしてくだらなさが年々確実に増しているのが凄い。エストロラボはシャー芯以降、ネタもないのでエントリーせず視聴者として参加している。先日社員たちと「事前投票始まってるよーYouTube見た?」などと雑談しながら「次は〇〇に穴あけよか?」と、くだらないネタがひとつ湧いた瞬間があった。「次は、あーしようこーしよう。その段階から動画撮っとくw?」と会話が弾んだ。休憩時間の雑談という空気がそうさせたのかもしれない。第2回のくだらないグランプリへのエントリーについて話し合った会議の時には「アイデア浮かばず断念」となった。今回湧いてでたアイデアがカタチになる日が楽しみである。

 ブログを綴らなくなった言い訳はあれこれあるが、突然書こうと思った理由は二つ。「くだらないものグランプリ」の事前動画を見て妙なエネルギーが湧いたことと、経年劣化したブログにコメントを入れてくれている方がいることに今ごろ気づいたことだ。読んで下さって有難うの意味を込めて、くだらないものグランプリの紹介ブログを終えようと思う。慣れていないというのは怖いもので、これだけ書くのに2時間もかかった。次の更新は来年になりそうだ。

第3回くだらないものグランプリ

第3回くだらないものグランプリ  

レジリエンス

いつの頃からか「レジリエンス」という言葉をよく目にするようになった。教育関連の記事で見かけたのが最初だと記憶している。意味が分からなかったので調べてみると、心理学で使われていた言葉が近年教育分野でも使われるようになったという背景を知った。回復力、復元力と言った意味で、元々は物理学で使われる「弾力」「外の力からのゆがみを跳ね返す力」といった意味だそうだ。

ストレスも元々は物理学用語だそうだから「ストレスを跳ね返す力」がこれからは特に必要だと、いろんな分野で言及される頻度が上がったということだろう。日刊工業新聞でも今、にっぽん再構築~レジリエンス~と言うタイトルの記事が一面で連載されている。超ストレス社会では、人も企業も国家もレジリエンスを高めましょうという話である。10年前の今日、大地震と原発事故に見舞われても暴動を起こすことなく、人命救助と復興に全力を注ぐ日本人の姿は世界中から、そのレジリエンスの高さを賞賛されたらしい。日本人自身は、レジリエンスの高さをあまり自覚できていないのが残念ではあるが、そう簡単に自覚できたり、身に付けたりできるものではないような気がする。

レジリエンスを築く10の方法
1.親戚や友人らと良好な関係を維持する。
2.危機やストレスに満ちた出来事でも、それを耐え難い問題として見ないようにする。
3.変えられない状況を受容する。
4.現実的な目標を立て、それに向かって進む。
5.不利な状況であっても、決断し行動する。
6.損失を出した闘いの後には、自己発見の機会を探す。
7.自信を深める。
8.長期的な視点を保ち、より広範な状況でストレスの多い出来事を検討する。
9.希望的な見通しを維持し、良いことを期待し、希望を視覚化する。
10.心と体をケアし、定期的に運動し、己のニーズと気持ちに注意を払う。

アメリカの心理学会が、この「レジリエンスを築く10の方法」を提唱したのが2014年で、2013年の世界経済フォーラムのメインテーマが「レジリエント・ダイナミズム(弾力性のある力強さ=強靭な力)」だったということだから、経済界でも使われ始めて8年も経つようだ。

10の方法を見ると、そのまま「経営者の心得10カ条」として使えるのではないかと思う。最初の「親戚や友人ら」を「社員や顧客、取引先、株主」に書きかえればハイ出来上がり、といった具合だ。

いまだ完全に過去形には出来ない状況だが、コロナ禍だった2020年は“心と体をケアし、定期的に運動し、己のニーズと気持ちに注意を払って”過ごした。年が明け、“変えられない状況を受容する”のに1ヵ月の時間を要し、先月は必死になって“希望的な見通しを維持し良いことを期待し、希望を視覚化する”作業を進めたことで“自信を深め”られた。

というわけで、取り消し線を入れた、まったく注意を払わなかった“定期的な運動”で筋力と体力をつけ、今後襲い掛かってくるやもしれない“不利な状況”や“損失を出した闘い”に備えたいと思う今日この頃である。運動嫌いの私にとって苦痛でしかない“定期的な運動”ではあるが、実際の筋力ではなく、しなやかで弾力のある精神力は是非とも鍛えたいと思う。

父曰く「人生は真剣に生きたらいいけど、深刻になる必要はない」らしい。おそらく“危機やストレスに満ちた出来事でも、それを耐え難い問題として見ないようにする。”と同じことだろう。冗談を連発しまくるシャチョーさんたちをなぜか尊敬してしまうのは、彼らのレジリエンスの高さゆえかもしれない。

ラジオ収録

 去年の11月にラジオ収録の仕事に穴をあけてしまった話を書いた。
ディレクターの神対応に救われる結果になったのだが、そのディレクターさんから再度オファーを頂き、本当に私でいいのか((+_+))?と迷いはあれど、断る立場にないことを思い出しお請けした。これでようやく対面で謝罪ができる。
今回は生出演ではなく、お正月特番に向けて事前に収録するというもの。パーソナリティーの道場洋三さんと鎌田實先生の対談にゲストとして参加させていただくという貴重な機会を頂いた。

 毎度のことながら緊張して、何をしゃべったかあまり覚えてないけれど、道場さんと鎌田先生からの質問に答える形で時間が過ぎた。働き方改革以前から、育児や介護と仕事とのバランスをどうとるか、会社としては出来るだけ柔軟に対応するようにと模索してきた。その取り組みを称賛してくださるのだが、実際その試行錯誤が奏功した実感がまるでない。赤字が続いている現状を思うと、経営者としての未熟ぶりを公共の電波を使って披露しているのかと思うといたたまれない。

 利益を出せずとも続けて来られたのはお金を貸してくれる銀行の存在が大きい。こんな私によく貸してくれるなぁ、と。返す力があると判断してくれたのだ!と思い込み、「私には返済能力がある」「お金返すのって楽しい!」と自分を洗脳していく状態はつづく。マイブームの名づけ親、みうらじゅん氏の言葉を偏愛し、妄信してコロナ禍を乗り越えたいと思う今日この頃である。

2021/01/07(土)までradikoで視聴できるそうです。1時間半の特番です。
『おめでとう!道上洋三と鎌田實です 日本の未来を考えるスペシャル 』

目標達成ならず

 あけまして、おめでとうございます。
 年間15回のブログ更新を目標にかかげた2020年。結局13回しか更新できず年が明けてしまった。その前の3年間月一更新は達成できたのに、である。達成感を味わうために12月必死で更新頻度を上げたのにも関わらず、最後頑張りきれなかった自分が情けない。

 達成感も味わえず、自己肯定感も下がった年末。体調も優れなかったので実家にも帰らず、お節料理も作らず、ただただ寝るだけの寝正月。年が明けた感覚も薄く、今年の目標を掲げる気にもなれない。コロナで散々だった一年を終え、心機一転と行きたいところだが、感染者数は増える一方で先行きの不透明感は強まるばかり。

 こんな仕事始めは良くない!とブログを書き始めたが、綴るコトバはどうしても後ろ向きになってしまう。コトバだけ躍らせても疲れるので、思うままに書くしかない。救いは今日機械が3台稼働することだ。年末に受注し、迫る納期に向けてせっせと穴をあけていく。

 時間差出勤のエストロラボは、8時と9時と10時に社員が出勤してくる。8時の二人は元気に出勤してくれた。皆が元気に出勤してくれることの有難さ。仕事があることの有難さを噛みしめながら、2021年を良い1年にしたいと思う。

 3月には15周年を迎える。創業当時は15年も続くなんて想像できなかった。2017年にブログに書いた妄想を読み返してみると、15周年は何もする気がない様子(笑)。来年には会長に就任する気でいたようだ………(  ̄▽ ̄)。

2017年  現在     役員2名、従業員7名。
2022年  5年後   2代目社長就任。50歳で会長就任。
2026年  9年後   20周年記念プロジェクト開催(社員旅行?)
2027年  10年後    従業員数25~30名
2036年  19年後    30周年記念プロジェクト開催(自社ビル竣工?)
2037年  20年後       3代目社長就任。私は顧問?
2047年  30年後   あかん・・・イメージできない。
2056年  39年後  50周年プロジェクト開催(???)

 目標が達成できないのも、妄想で終わってしまうのも、すべては自分次第。「自己嫌悪している時間はない」と肝に銘じて2021年は過ごしたい。

みなさま、こんな私ですが…今年もどうぞ宜しくお願い致します。

逆の発想

夕陽に向けて置いた椅子

 ブログがなかなか更新できない理由のひとつに、ちょうどいい挿絵となる画像がない、ということがある。ブログだから画像がなくてもいいようなものの「アイキャッチ画像」なんていう言葉を最近知り、発信するには目を引く画像がある方が良い世の中。師走に目標達成のためにせっせとブログネタを探しもがいている私には、ちょうどいい画像を探すことにも時間を費やしているのである。ブログに合った画像を探し求めてフリー画像を検索する始末。そんな時にふとひらめいた!ブログに合った画像を探すのではなく、画像から着想してブログを書くってもありではないか。それならブログと画像はぴったんこカンカン♪ ふふふ。これでブログの更新頻度は上がるに違いない。

 というわけで、フリー画像をダウンロード出来るサイトに登録。商用使用も加工もOKの画像集。な、なんと大量にあることか。選ぶ作業だけでも結構時間かかるや~ん( ;∀;)。しかもダウンロードしようとすると、敵もさるもの、5枚ほどの画像の評価をリクエストしてくる。そうか無料なだけに情報集めようとするわけね。自分で写真撮った方が時間かからないのでは?とついさっきの閃きに小躍りした自分に疑いの目を向けながら、ようやくダウンロードした画像がこちら。

 夕陽に向けて置いた椅子と題してあったが、この画像から思い出した風景がある。海外放浪の旅に出かけた若かりし頃。10代のうちに世界をこの目で見てみたいとせっせとお金を貯めて、憧れのヨーロッパ周遊、美術館巡りを企てた。意気揚々と出かけてはみたものの志半ばで置き引きに合い、予定変更を余儀なくされながらもなんとか予定の5週間をヨーロッパで過ごすことになったのだ。身に着けていた腹巻もどきのウェストポーチにはパスポート、帰りの飛行機のチケット、ユーレイルパスとトラベラーズチェック。スーツケースも着替えもカードも現金もないが、旅は続けられる。身軽になり、旅行者とは思えない出で立ちで、日本へ帰る飛行機の出発地となるスペインを目指した。

 移動中の鉄道の車窓から見た椅子のことを、ダウンロードした画像を見て思い出したのだ。なんでこんなところに椅子?と思ったのを覚えている。画像のような平坦な土地ではなく、起伏のある丘陵地にポツンと。野外用には見えない木枠に布張りの椅子が鉄道の方を向いて置いてあった。近くに小屋も人影もない。誰かが時々ここへきて来て座り、鉄道を眺めるための椅子だったのだろうか。今となってはあれがどこだったのかさえ定かではない。スペインの北の方というぐらいしか覚えていない。カメラも盗られたので、その当時の写真は一枚もなく、自分の脳裏に焼き付いた場面だけが思い出である。思い出す機会も減った今、どんどん記憶は薄れていく。

  ブログネタを探す行為から、古い記憶を思い起こすことになろうとは。無理矢理でも目標達成しようともがいた甲斐がある。
とはいえ来年も目標を設定するべきかは…正直まだ悩んでいる( ̄ー ̄)。

いま、思うこと

うねり

 タイトルには「いま」と書いているものの、これを書いたのは数カ月前。コロナ禍でひとり時間がたっぷりあった時に綴ったものである。今だ!ブログを書き貯めるぞ!と3本書いた。投稿するタイミングを逃して今更感の濃い1本はお蔵入り。白状すると、前回のブログも5月ごろに書いたものだ。今読むと古新聞ぽく仕上がっているが、まだマシと判断して掲載することにした。目標達成のための悪あがきと思って読んでもらえたら有難い(;^ω^)。

 ひとり時間が増えて、いろいろと思い直しながら、いま思うこと。それは、人との物理的な距離が離れた分、心の距離が近づいたように思う感覚だ。有難いなぁ~と、感謝する気持ちが溢れてくる。まだまだ財務体質が貧弱なエストロラボで働き続けてくれている社員たち、会社大丈夫~?と心配してくれる旧友たち、産み育ててくれた母、たっぷり愛情を注いでくれた亡き父、よき理解者である個性豊かなきょうだいたち、指南してくれる先輩経営者たち。周りの人に恵まれたことに対しての感謝の気持ちが溢れてくる。気持ちは伝えないと伝わらないとも言うけれど、心の距離が近づいたことで、以前より伝わっているような気ががする。いま、世界中で多くの人々が最前線で働く医療従事者の方々に向けて感謝の意を表している。フライデーオベーションもそのひとつだけど、人が人を想う気持ちのうねりのようなものが世界中に溢れているように感じてならない。

 という一方で、白人警官による黒人の暴行死をきっかけに抗議デモと暴動が各地で頻発しているアメリカ。コロナ禍の自粛ストレスの蓄積により一気に噴出したとも、もっと根深い人種差別による過激化とも言われている。このエスカレートしていく感じが目に見えない「うねり」だと感じる。良いうねりで溢れた世界がある一方で、差別や偏見が不安や恐怖をきっかけに悪いうねりとなってあっという間に蔓延してしまう。悪いうねりが不安や恐怖を増幅させる負のスパイラル。世界を良いうねりで覆いつくせる日は来ないのだろうか。

 新型コロナウィルスという未知のものに対する不安、恐怖から生まれた良いうねりのことを考えると、正負や善悪の間を行ったり来たりしながら少しずつしか成長できない人間。そこにこそ、人間らしさのヒントがあるのかもしれない。

家事について

 ひとり暮らしの私は、基本ひとりでごはんを食べているはずだが、多忙にかまけて食事を抜くこともあるし、外食も多い。人を招いてのおうちごはんも好きなので、「ひとり飯」がこんなに長い間続いたのは人生で初めての経験であった。そんなステイホーム期間に取り組んだことがある。自分のためにだけ作るごはんは、料理が好きといっても、人に振る舞うときほどの力は入らない。ご飯に振りかけ、バナナとコーヒー、で済ますこともしばしばだ。そんな食生活が長く続くとカラダに良い訳がないし、世間では免疫力を上げろ上げろと言われていた時期。なので、バランスの良い食生活を目指して自粛期間中は食事を撮影することにした。写真を撮って記録を残すとなると、なぜだか頑張れた。

 彩りにも気を遣うし、器も選ぶ。なんだか楽しくなってきて品数も増えた。良いこと尽くしのようだが、難点も発覚。ひとつは、撮影するがために料理が冷めること。もうひとつは、品数を増やそうとすると食材の種類も増えるので腐らせてしまう可能性が上がることだ。なんとしてでも使い切りたい、同じ食材でも出来るだけ違う味で楽しみたいと思えば思うほど、食事について考える時間が増えるのだ。消費する順番を考慮した上での飽きの来ないメニュー構成。栄養バランス。何がどれくらい残っているかの在庫管理と無駄のない買い出し。

 家族の食生活を一手に担う人ってほんま凄いな、と改めて感心した。ひとり暮らしに比べたら作る量も多い。好き嫌いのある子どもがいたり、時間差で帰宅する家族にも早朝のお弁当づくりなど、すべてに対応。料理だけでなく、掃除に洗濯、子育てに介護、プラス仕事もする人たちがいる。こんな重労働を365日続けているなんて。超人的に感じるし、家族のためにだから出来るかな、と思い直したりした。

 ステイホーム生活で家族の時間が増えて嬉しいというインタビューをテレビで観て、同居する家族がいるっていいな、ステイホーム=ひとりじゃないって羨ましいなと思った私。一方でステイホーム生活で虐待が増えた、離婚が増えたというニュースを聞いて、悲しい気持ちになり、ひとりで良かったかもと思い直す私もいる。思い直しを繰り返しながら、今思うことを次のブログでは書いてみようと思う。

MIMOCA

MIMOCA

 前回のブログで予言したとおり、香川県で訪れた美術館について書く。書くことが決まっている安心感。ブログの更新回数の目標を設定する時点でタイトル(テーマ)だけでも決めておけば書きやすいのではと、今頃になって思う私。今回訪れたのは「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)」。今までに2回行ったことがあり、また行きたいと思わせる大好きな美術館のひとつである。

 丸亀と言うと「丸亀製麺」を思い出す人が多いと思うが、株式会社丸亀製麺の本社所在地はなんと兵庫県で、丸亀市内に丸亀製麺は存在していない。うどん県と呼ばれる香川県に丸亀製麺は2店舗しかない。競合が多いということか。

 さて、美術館に話を戻そう。
講演の仕事で高松市に呼んで頂いたので、また行きたいという思いが強く残っている丸亀市現代美術館の開催中の企画展について調べた。タイトルは「窓展 窓をめぐるアートと建築の旅」。なんの迷いもないぐらい興味をそそるタイトル。コロナ禍で予約制になっている美術館もある中ふらっと立ち寄れること、本来は2020/7/11-9/27だった開催期間が2020/10/13-2021/1/11に変更になっていたことに勝手に運命を感じ、これは行くしかない!と往復の電車の時刻を確認。気分的には講演を済ませ、開放感をもってアート探訪としたいところだったが、講演前の午前中の時間を使って高松、丸亀を往復することにした。

窓展 窓をめぐるアートと建築の旅

 「窓」が描かれている絵画が古今東西問わず並べられていると想像していたが、想像をはるかに超えた展示物で驚いた。副題に「アートと建築の旅」とあるように、建築からの視点でどのように採光を取り入れるかまで計算しつくしている設計図もあり、額縁すらある意味「窓」であるという解釈で展示されている絵画もあった。壁一面に時系列に並べられた古今東西の「窓」にまつわる写真や文献。前に立つと巨大扇風機がオンになり、その風の力で窓の扉が開いたり閉じたりするインスタレーションもバタンバタンという音とともに楽しめるようになっていた。パウル・クレーの小さい四角を並べて描かれた抽象画も小窓に見えてくる不思議。

 いちばん面白かったのは、日中韓のアーティスト3人によるユニット・西京人による「西京国」のインスタレーション。架空の都市国家「西京国」の入国管理局をグローバルスケールの視点で「窓」と見立てての展示。展示だけかと思いきや、その先に進むには、入国検査場の規則に従って次の4つのいずれかを選択しなくてはならないと、ゲートに座る女性がおっしゃる。

とびきりの笑顔か、お腹の底からの大笑
または
お好きな歌を一小節
または
チャーミングな踊り

 この静まり返った美術館でどれか選べとは。なんと斬新な企画!

 飛沫感染と、これ以上笑い皺が深く刻まれることを恐れた私は、チャーミングな小躍りを選択。無言で踊って無事ゲートをくぐり、西京国に入国できた。視聴者を巻き込むインスタレーション。世界中にある移民問題や各国が分断しつつある現実の閉塞感におもいきり疑問符を突き付けてくる作品だった。

西京入国管理局

毎回驚きと気づきを与えてくれる丸亀美術館の企画に賞讃を送りたい。
高揚した気持ちを抱えたまま、苦手な講演会に挑み、調子を上げてブログを書いている私である。

この企画展、来年1月11日まで。超おススメです♡。
窓展 窓をめぐるアートと建築の旅

新しい講演様式

広い会場に…

 太陽の塔が赤く照らされ、大阪モデルで言うところの「非常事態」。本当は外出自粛すべきだが、講演依頼を受けて香川県へ。感染者数の少ない県に大阪からやってきて嫌がられないものなのだろうか。その心配は的中し、リアル受講者は3人。オンライン受講者が約20人という結果に(;^ω^)。広い会場に受講者3人、事務局の方2人と私の6人。これが新しい生活様式ならぬ、新しい講演様式なのかもしれない。こんな状態なら私もオンラインで良かったのでは?という思いも残るが、交通費や宿泊費まで出していただけるということで、便乗して愛媛の取引先訪問を果たし、空いた時間で美術館に行くことも出来た。大勢の前で話すと無駄に緊張する私にとって、リアルが少人数であったことは有難く、結果大満足の旅となった。


 講演のテーマは「女性の働きやすい職場を作るための取り組み」。創業以来取り組んできたことを事細かにお伝えした。うちでやってきたことがどんな会社にも当てはまるとは到底思えないので、出来るだけ活発な質疑応答が出来るよう、事務局の人と打合せをし、オンライン受講者からの質問はチャットで受け付けるようにした。最初に私から「あなたにとっての働きやすい職場とは?」と問いかけたところ、風通しの良い会社、話しやすい会社、意見が出しやすい会社、休みがとりやすい会社、空調設備が整った会社といった意見が出た。

 働きやすさも千差万別であり、働く人全員の働きやすさを追求するのは至難の業だが、意見の出しやすい風通しの良い会社であれば、いろんな壁にぶつかるごとに意見交換が行われ、その時の最善策をとれるのではないかと思う。VUCAの時代と言われる昨今、今その時の最善策を選択し続ける柔軟さが求められている。柔軟さや小回りがきくという点は、中小零細企業の強みとなる気がする。


 話が進む中で、チャット内の質問が溜まっていき、リアル受講生に分かるようにチャットの質問を音読し、ひとつひとつに答えていく。リアル受講生の3人は、カメラの前で質問し、オンライン受講者と共有する。それに私が答えるといった具合だ。有難いことに予想以上に質疑応答が活発になり、あっという間に時間が過ぎた。一方的に話すより、具体的な質問に答える方が私もやりやすく、離れていても同じ場を共有している感覚を得ることが出来た。


 大勢がいる中で手を上げて質問するのは勇気がいるというか、日本人には苦手な人が多いと思う。特に第一声はなかなか勇気がいる。これまでの講演会で、幾度となく静まり返る質疑応答時間を体験してきたが、文字で質問する方式は日本人向きなのかもしれない。年末に向けて頻度を上げてブログを更新することを自分に課している私としては、この時期に、いろんな経験をさせてもらえた今回の出張は貴重でしかない。次は美術館で感じたことをネタにブログが書けそうである(うしし)。

13日の金曜日

自己肯定感

やらかした(+_+)!と思った瞬間。
凍り付くというか、胃がクッと縮まるというか、火照りながらも寒気がするというか…


その日は20時からラジオ出演の依頼をうけていて、19時40分ごろにラジオ局に行く事になっていた。定時の18時まで仕事しても、十分に間に合う距離にラジオ局はある。前の晩、事前に渡された質問内容に対して、どう答えようかと思いを巡らせながら床に就いた。朝起きて、午前中に取引先の新しい担当者にプレゼンしに行く予定があったことを思い出し、どうやったら記憶に残るピーアールができるかなぁと頭の中でイメージしていた。

そこへラジオのディレクターから連絡入ったのが7時45分。
「もう近くまで来られてますか~?」
「ぇ ?」

そう、やらかしてしまったのである。
事態を把握したあの瞬間。夜の8時と思い込んでいた出演依頼は朝の8時だったのだ。7時40分ごろにラジオ局に到着しているはずの私のカラダは自宅にある。アタマは午前中のアポのことを呑気に考えていたのでる。
ラジオ出演という仕事に見事に穴をあけてしまった。どんなにマッハで動いてもラジオ局に着くころには生放送は終わってしまう。謝ることしか思いつかない私に、ディレクターさんは落ち着いた声で「では、リモート出演に切り替えましょう。音のチェックがしたいので一旦切りますが、06から始まる番号からかけ直すので出てください。私も念押しすれば良かったですね。」と語りかける。

動揺している暇も緊張している暇もなく、パパッと音声チェックを済ませた後、出演時間の1分前にスタジオと繋がり「今流れているCMが終わったら出番です。ハイどうぞ。」その後はパーソナリティさんのユーモアたっぷりの洗練された語りに身をゆだね、リモート出演はあっけなく終了。

もし私がディレクターの立場だったら。
ものすごく焦るし、思わず声を荒げて、「なんで夜だと思うんですかっ!番組名『おはようパーソナリティ道上洋三です』ですよ!どうしてくれるんですかっっ!!」と叫んでいたと思う。ディレクターさんの内心は測り知れないが、彼は瞬時に最善の道を選んで、私があけた穴を埋めてくれたのだ。
惚れそうになるぐらい仕事ができるお方だ♡

感謝と尊敬の念に襲われながら、私の自己肯定感は奈落の底に。「穴があったら入りたい」とはこのことか。しばらく布団にくるまって凹みたおした。
気を取り直して出勤し、ディレクターさんが送ってくれた事後視聴できるURLを貼り付けて、ラジオ出演をSNS発信。ラジオを聞いてくれた人々から「時間間違えるとは!」のツッコミが入る。やはりそこが一番印象に残ってしまうのか…( ̄ー ̄)。

「穴をあけるのが仕事です。」どっちの意味で言うてんねん…と内心ツッコミながら取引先で営業トークする私。

次の13日の金曜日は、どんなハプニングと学びに出くわすのか、今から楽しみである。(すっかり前向きな私に戻りました♡)