いま、思うこと

 タイトルには「いま」と書いているものの、これを書いたのは数カ月前。コロナ禍でひとり時間がたっぷりあった時に綴ったものである。今だ!ブログを書き貯めるぞ!と3本書いた。投稿するタイミングを逃して今更感の濃い1本はお蔵入り。白状すると、前回のブログも5月ごろに書いたものだ。今読むと古新聞ぽく仕上がっているが、まだマシと判断して掲載することにした。目標達成のための悪あがきと思って読んでもらえたら有難い(;^ω^)。

 ひとり時間が増えて、いろいろと思い直しながら、いま思うこと。それは、人との物理的な距離が離れた分、心の距離が近づいたように思う感覚だ。有難いなぁ~と、感謝する気持ちが溢れてくる。まだまだ財務体質が貧弱なエストロラボで働き続けてくれている社員たち、会社大丈夫~?と心配してくれる旧友たち、産み育ててくれた母、たっぷり愛情を注いでくれた亡き父、よき理解者である個性豊かなきょうだいたち、指南してくれる先輩経営者たち。周りの人に恵まれたことに対しての感謝の気持ちが溢れてくる。気持ちは伝えないと伝わらないとも言うけれど、心の距離が近づいたことで、以前より伝わっているような気ががする。いま、世界中で多くの人々が最前線で働く医療従事者の方々に向けて感謝の意を表している。フライデーオベーションもそのひとつだけど、人が人を想う気持ちのうねりのようなものが世界中に溢れているように感じてならない。

 という一方で、白人警官による黒人の暴行死をきっかけに抗議デモと暴動が各地で頻発しているアメリカ。コロナ禍の自粛ストレスの蓄積により一気に噴出したとも、もっと根深い人種差別による過激化とも言われている。このエスカレートしていく感じが目に見えない「うねり」だと感じる。良いうねりで溢れた世界がある一方で、差別や偏見が不安や恐怖をきっかけに悪いうねりとなってあっという間に蔓延してしまう。悪いうねりが不安や恐怖を増幅させる負のスパイラル。世界を良いうねりで覆いつくせる日は来ないのだろうか。

 新型コロナウィルスという未知のものに対する不安、恐怖から生まれた良いうねりのことを考えると、正負や善悪の間を行ったり来たりしながら少しずつしか成長できない人間。そこにこそ、人間らしさのヒントがあるのかもしれない。

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