ワークライフバランス


「どうすれば、結婚生活を継続しながら、私の人生を生きられるのか?!」
仕事を持つ既婚女性の友人がある日つぶやいた文章。コメントがたくさん入っていた。
同じ悩みをかかえている女性が多いのだと想像する。
 

ワークライフバランスという言葉がよく使われた始めたころ、会社で取材を受けた時もその言葉が飛び交った。「ワークライフバランス=仕事と家庭の両立」という解釈をしていたので、仕事も生活もいっしょくたの私にはピンとこない言葉だった。
家事育児をしつつ、働いてくれている従業員にとってはどうだったのか。
両立させろ、とはあまりにも酷な話で、働くことで家事育児のヒントを得たり、視点が広がったりしたりしたらいいな。家事育児の経験が仕事にも役だったらいいな、と思っていた。
お母さん(お父さん)の顔と職人の顔の二つが相互に良い影響を与えるような、そんな職場環境を創っていきたい。
 

「働きやすい職場」を「働き繋ぎやすい職場」と言い換え始めたのも同じ時期である。
働きやすいって何やろう?と考えた。
 

・休みが取りやすい。
・自分の得意分野が活かせる。
・職場のメンバーと仲が良い。
・その他・・・
 

働きやすさも人それぞれ。しかも人生の時期によって働きやすさも変化する。
働き方、働きたい時間、働ける時間は家族構成(家族の年齢)によっても変わる。
ならば、柔軟な仕事環境を用意して出来る限り働き続けてほしい。
柔軟な仕事環境を整えながら利益を出し続けるのは至難の業だけれどみんなで知恵を絞って工夫すれば、なんとか出来ると思っている。
ガッツリ働ける時期もあれば、そうでない時期もある。
長い付き合いを経て、お互いにメンバーを敬い理解を深めることで成立するチームワークをもって仕事に取り組めば、お客さんに満足してもらえる良い仕事が出来ると思う。

 

職場環境づくりは社長の仕事!
思いを信じて突き進むしかないなこりゃ。



ブログが書けない


たった月1回のブログ更新。石の上にも3年。3年は続けるぞ、と自身に誓いをたてて2年目。今月で21回目。あと15回と指折り数える始末(^^;

なんのためにブログを公開するのか。目的はなんだったんだろう?

ブログを遡ってみてると去年の11月にこんなことを書いている。

「普段から伝えたいことを記録しておかないと、いろんな出来事や気づきがあるのに忘れてしまう。忘備録としても有効なブログ。石の上にも三年で3年は続けたいと思う。3年も続ければ習慣化するのでは、という淡い期待もある。」

伝えたいことがあるのに忘れてしまう。つまり「伝えたいこと」があるのだ!

9月は予定をパンパンに詰め込んだので、いろんな出来事があり、いろんなことを考えた。思考の点と点が繋がりそうになる瞬間が数回あったような記憶がある。なのにブログが書けないのは記録していないからだと思う。飛ぶように過ぎる時間の中で多くの人に会い、多くの書物を読み、たくさん料理して、あちこちに出かけたのに。

 
なんてこった……………… ( ꒪⌓꒪)。

 
 
子育て中の従業員がシェアしていた、水野美紀さん(女優)の子育て奮闘記

ふたたび、なんてこった……………… ( ꒪⌓꒪)。

 

これを読むと、忙しがる自分が恥ずかしくなる。自分でペース配分できるのに時間がないと戯言を連発。「自分でペース配分できる」ということの有難さにすら気づかない。子どもを産むこと、育てることを選ばなかったからこその時間の流れ。そんな風には自覚していなかったけれど、死ぬまでの限られた時間を、世のため人のため、そして自分のために使おうと思う。



成長する喜び


 

5月に早川工業さんの新入社員2名の「新人研修」なるものを請負った。これまでの私の経歴から女性を育てる力があると勘違いされた社長さんからの依頼である。3泊4日の合宿スタイルで「仕事が楽しいことを伝える」というシンプルで難しいミッション。

私自身、楽しいことばかりでないことも重々承知しているが基本的には仕事を楽しいと思っているので、それなら伝えられる!と快諾した。

 

研修プランを練るにあたり、仕事のどういうところを楽しいと感じているか考えてみた。

儲かって仕方がない経験は無いし、売上が好調だとしても楽しんでばかりもいられない経験は何度もしている。いろいろ考えた結果、3つのことが分かった。

 

  • 「儲かる=楽しい」では無い。
  • 問題が発覚するか、問題を見つけて、それを解決したときが楽しい。
  • 従業員の成長を感じたときが嬉しい。

 

会社は利益を追求する組織でありそれを楽しめないのはどうかと思うけれど、問題発見&解決を繰り返し、人が成長するとその結果、利益が出る組織になるような気がする。

 

今回の研修では②の問題解決の方法を伝授することにした。研修前に仕事で困っていることはないか(問題はないか)を尋ねたところ、二人とも山ほどあるという回答。4月に入社してからフレッシュな目のうちに会社のおかしいところ、問題だと思うところを書き出すように社長に言われていたと言うのだ。会社に馴染むことは必要なことかもしれないけれど、会社の当たり前が悪習であることもよくあることである。書き出された問題を整理し、分析し、問題解決するための行動にまで落とし込む作業を3日間かけて行った。整理や分析の方法、企画の練り方などはいろんな手法が確立されているしやる気さえあれば独学も可能であることを最初に伝え、どんなに完璧な計画をたてても運用するのは人であるがゆえ、予想外の問題が起こることを感じてもらえるように努めた。

 

もうひとつ、仕事には時間がついてまわることも伝えた。完璧な計画や答えも時間がかかりすぎると陳腐なものになることを伝えたかった。粗削りなままでも前進することが仕事をする上では必要になってくる。

 

たった4日で伝えられることには限りがあるが、それでも二人が作り上げた企画書をもとに、早川工業では改善プロジェクトが進行している。彼女たちのブログ(成長日記)を読むとたまらなく嬉しい気持ちになる。③は、エストロラボの「従業員」に限らないということに気付かされた。さらに「新人研修講師」という新しい仕事を経験して、私自身まだまだ成長したいと強く思った。人が成長する会社にエストロラボを育てていきたいと改めて思う良い機会となった。

早川工業の大野社長の勘違いが勘違いに終わらないように研鑽していきたいと思う。

 

 

 



エアコン買いました


毎日本当に暑い。

長年エアコンなしで生きていた私。

汗がボタボタ落ちたとしても、エアコンで冷やされた部屋で過ごすよりは快適と感じていた。

寒がりの私はエアコンが苦手だった。

最近のエアコンは温度調節の微調整も可能、湿度も調整できるし昔とちがって快適だよと言われても、要らないものは要らないと過ごしていた。

が・・・

4年前の夏、命の危険を感じてエアコンを設置した。

加齢か疲労によるものかもしれないけれど「暑くて死ぬかも」と感じたのを覚えている。

今考えると倒れてもおかしくないような環境で暮らしていた。

 

 

ニュースでさかんに「猛暑」「酷暑」「危険な暑さ」という文字が並ぶ。

「厳重警戒」「救急出動過去最多」「熱中症で死者あいつぐ」との文字も…。

熱中症の予防策や、熱中症になった場合の対処法などの情報を仕入れ、とにかく出来ることをやろうと思う。

しっかり食べて、しっかり寝て、炎天下で長時間過ごさない。

室内でもこまめに水分をとる。

 

 

これからまだ暑さは続く。

2年後の東京オリンピックも8月開催で本当にいいのか、心配になる。

ドローン4機使ってテントを張って日陰を作ったり、空から風を送ったり、霧雨を降らしたりできないものか。

溶けた脳みそでいろいろ妄想しながら、暑い夏を乗り越えたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



思うようにならない


四月のブログで人生思うようにならない「苦」について書いた。経営も同じく思うようにならない。

 

創業して10年が過ぎ、20代、30代だった社員も会社と同じく年を重ね、気が付けば平均年齢が40才半ばに。平均年齢を下げるべく「35才ぐらいまで」というコメント付きで社員募集をした。エストロラボのような吹けば飛ぶような小さい会社が募集をかけたところで応募が殺到するわけもなく、募集開始から数ヶ月が過ぎたころ1名の男性から、今55才ですが、、、と前置きつきで応募があった。

平均年齢を下げること(=若い人を雇用すること)が思惑だった私としては、悩ましいオファー。思うようにはならない一例である。それでもエストロラボで働きたいと応募してきてくれることが嬉しいし、聞けば細穴加工の経験者であることが分かった。他府県からのエントリーであり、定年を待たずに転職を考えることに至った理由も包み隠さず説明してくださった。メールで質疑応答を重ねた後に面接し、採用を決めた。平均年齢を下げるという目論見は、平均年齢を上げて幕を閉じた。

彼の採用決定と時を同じくして20代の女性からエントリーがあり、2人もいっぺんに雇用できないよぉ~(T-T)と泣きそうになりながら、3ヶ月待ってもらって彼女も雇用した。これで思惑どおり平均年齢は下がったか・・・。計算してみるとコンマ代で当初よりやや上がる結果に。

2人の新人を迎えて半年が過ぎた。思うようにはいかなかったものの、思いもしなかった展開になりつつある今。

男性社員の金属製造業における知識と経験は、彼の人柄と説明の上手さで社内に浸透し、右も左も分からない若手は既存の社員たちに可愛がられながらスポンジのようになにもかもを吸収していく。

 

 

会社の近くに新たにスペースを借りて、第2事務所、会議室、打ち合わせ場所、休憩所、instagaram撮影所として活用する思惑。

用途をてんこ盛りにしたせいもあって、思うように進まず、、、結果「他社から新人研修を頼まれる」という思いもよらない展開に発展。

 

 

この二つの事例からも見ても

『思うようにならない』ことを当たり前のこととして大きな気持ちで受け入れ

『思いもよらないこと』を楽しめるようになりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



念願の!


時の人、吉原精工の吉原会長。

ずーっと会いたいと思っていた社長さんにお会いできた。時間が経ちすぎたこともあり社長さんは会長さんになっておられた。

 

リサーチや営業も兼ねてかなりの数のホームページを閲覧していた創業当時、製造業のホームページってどこも似ているな~、と感じていた。そんな私にとって吉原精工さんのホームページは衝撃的で分かりやすく、しかもクスッと笑える印象的なホームページだった。深く記憶に残ったので、吉原精工さんを紹介したり、見積もりをお願いしたり、弊社を紹介して頂いたりと会社としてのポツリポツリとお付き合いが続いた。

 

ところがである。「働き方改革」の先駆者としてメディアにバンバン取り上げられる吉原会長の姿を私は初めてテレビで見ることになった。そして吉原会長ご本人から連絡があり、大阪で講演会があるからとお誘い頂いたのだ。あぁ、このお人があのホームページを作ったのか。ホームページと同じく、分かりやすく、クスッと笑えるお話を聞けた。同じ受託加工業者として真似できる事例も多かったが、そんなことするんや(゚Д゚ノ)ノ!!と驚愕の事例もあり、そのぶっ飛び様に憧れる私であった。

 

念願の出会いを実現することになった講演会の主催者はなんと30代に突入したばかりの弁護士。20代で法律事務所を立ち上げ、「かなめ交流会」という勉強会を積極的に開催している。メディアで吉原会長を知った畑山弁護士は、すぐ連絡を取り講演会を企画したという。その行動力と熱い思い。若いな~、いいな~、とこれまた憧れる私であった。

 

彼らのどの部分に憧れるのか。自分にないものとして、憧れるだけで終わるのか。是非再会したいお二人なので、再会時のネタを作っていこうと思う。

 

 

ワイヤーカット専門会社 吉原精工▼

http://www.w-cut.com/

 

吉原会長 著書▼

町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由

 

法律事務所かなめ▼

http://kaname-law.com/

 

かなめ交流会▼

http://kaname-law.com/category/networking/

 



四苦八苦


「四苦八苦」の意味を教えてもらった。

言葉としては知っているし、使ってはいるが本来の意味(由来)を知らなかったので「へぇ~」と思った。

 

 

四苦八苦とは、仏教用語で根本的な四つの苦と、もう四つの苦のこと。合わせて四苦八苦。

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根本的な四つの苦(生老病死)

①生きること自体が肉体的精神的苦痛を伴う。

②老いていくことに対する不安。体力、気力の衰えにより自由が利かなくなる恐れ。

③病気になること。痛みや苦しみを伴う。

④死ぬことへの恐怖。

プラス!

⑤愛別離苦(あいべつりく)愛する者との別離すること。

⑥怨憎会苦(おんぞうえく)恨み憎んでいる者に会うこと。

⑦求不得苦(ぐふとくく)求めるものが得られないこと。

⑧五蘊盛苦(ごうんじょうく)人間の肉体と精神が思い通りにならないこと。

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こうやって見ると、人生苦痛だらけ、思い通りにならないことだらけではないか(-_-;)。

四苦八苦をいちいち認識していたら生きづらくてたまらない。

逃れられない八つもの苦を背負いながら生き、生きる意味を考え続ける人間ってアホなのか、尊いのか。

 

だからこそ人は忘れる力を持っているのかもしれない。

一時的にでも八苦から逃れたのように忘れ、楽しんだり、喜んだりする力。

認知症の母と会話するたび、彼女の忘れる力に憧れすら覚えるのはそういうことだったのか、と合点がいった。

 

大好きな言葉であるマハトマ・ガンジーの名言。

Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.

「明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい」

 

明日死ぬと思いながら永遠に生きると思うなんて!

両立できない、筋の通らない考えた方だと思うときもあるけれど

 

 

ガンジーの言葉通り過ごせる時間があるとしたら、それは四苦八苦を忘れている時間だと思う。

そんな時間が確実に増えている。

永遠に生きると思ってちまちま勉強しているときが最近増えてとっても楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 



ヒト・モノ・カネ


「穴あけだけで、よく食べられる(生計が成り立つ)ね~」とよく言われる。

細穴加工の専門店は私が知る限り、今のところエストロラボだけである。

十数年経っても競合が現れないのは、儲かりそうにないからだと分析している。

 

尊敬する仲良しの社長の口癖。

「儲かるのと忙しいのとは違う!」

エストロラボは忙しくないと儲からないʅ( ՞ਊ՞)ʃ≡。

 

問い合わせが減り、注文数が減ると途端に赤字に転落。翌月は短納期の仕事が殺到し黒字。コンスタントに仕事が来たらいいのになぁと切望しても、受託加工である限り納期が合わないと失注する。

ジェットコースターのような一年が過ぎ、月々の売上を均すとちょっとだけ黒字になるのがいつものパターン。慣れたといえば慣れたけれど、どうにか出来ないものかと日々考えあぐねている。

 

先日、急がないよ~空いたときにやってね~というウルトラ稀有な仕事を受けた。

そんな仕事はまずないが、とっても有難いので割引することにした。ところが、である。そんなときに限って仕事が集中しあれよあれよという間に2週間が過ぎた。いくら急がないと言っても。。。と電話で納期を確認すると、今週末には必要とのこと。

ですよね…(^▽^;)

結局、バタバタと納品することになった。

 

納期を調整する仕組みづくりにはずっと腐心してきた。

機械を効率よく稼働させることばかりに気を取られると、人が育たない。

育てるために稼働率を下げてでも教育する時間を取る。

稼働率×成長率

これが今のところの最善策。

社員の成長が稼ぐ力に直結していると思う。

 

ヒト・モノ・カネとはよく言ったものだと思う。

 

 

 

 

 



超高齢社会


WHO(世界保健機構)が定義している「高齢社会」というコトバ。

65才以上を高齢者と定義し、全人口に占める割合で以下の3段階に分類されているらしい。

7%以上:高齢化社会 Aging society

14%以上:高齢社会  Aged society

21%以上:超高齢社会    Super-aging society

日本は1970年に「高齢化社会」に突入し、1995年に14%を超えて「高齢社会」になり、2001年に21%を突破して「超高齢社会」になった。「世界で一番の高齢化社会」という私の認識はWHO的には間違っていて、その先の先を行く「超高齢社会」になって17年も経過しているという事実。

調べてみると100歳以上が6万7千人。90歳以上は2万人を超えている。

<参考>総務省統計局「高齢者の人口」

 

 

2015年時点で現役世代2.3人で1人の高齢者を支え、予測推移によると2065年には1.3人で1人を支える計算となるらしい。現役世代(15~64歳)と高齢者(65歳以上)の比率はどれくらいが妥当なのか分からないが寿命が伸びて長くなるであろう老後を年金だけで暮らしていくには限界がありそうだ。国が「人生100年時代構想会議」なるものを設置したのも、こういった人口推移を考えてのことだと思う。

目指すは

「一億総活躍社会実現、その本丸は人づくり。子供たちの誰もが経済事情にかかわらず夢に向かって頑張ることができる社会。いくつになっても学び直しができ、新しいことにチャレンジできる社会。人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を構想していきます。」

とのことらしい。

 

 

出来るだけ長く働いて、出来るだけ長く(多く)税金を納める国民が増えないことには、首が回らなくなることは目に見えている。老後はゆっくりゆったり過ごそう、なんて思うことすらダメな時代に突入したということか。人生100年時代がやってくると言われても正直あまりピンとこなかったが、会社の定年は60歳で良いのか、私自身は何歳まで働くのか、など身近な課題について真面目に考えないといけないなぁ、とようやく思い始めた。

 

がむしゃらに働いた30代を終え、後任も育ちつつあるので40代は少しゆっくり働こうなんて思いは捨てて、日本のためにがむしゃらに働くぞ!

 

・・・・・とは思えないので、個々に合わせた働き方を提供できる柔軟な会社組織にしていこうと思う。

 

出産、育児に専念したいので3年休みます

介護したいのでしばらくは週2回だけ働きます

オリンピックの応援に行くので2週間休みます

1年間留学してきます

副業で〇〇始めます

思い切って起業します

 

多様な働き方やライフプランに応えられる柔軟な会社を目指すには、いろんな世代といろんな考え方が混在することを良しとし、誰もがそれぞれを尊重できるそんな社風が必要だと思う。

 

1年ぐらい前、社員のひとりがビジネスプラン(エストロラボの新規事業)を提案してきてくれた。考慮の末、実現できないと断念した私。結果彼女は起業を選び、1年後に退職することが決まった。社内起業させてあげるほどの体力が今の会社には無いとの判断だったが、企画力、発想力、行動力のある彼女を失うのは、会社にとって大きなマイナスなのでは?という迷いもあった。会社の体力の無さを認めるのは自分の無力を認めることになるので無念でならなかったけれど、他の社員が彼女の決断を前向きに受け取ってくれたことで救われた。退職を決めても変わらず高いモチベーションで細穴加工に取り組む彼女の姿勢は周りに良い刺激を与え、周りのみんなも応援したくなる気持ちが湧いてくるようだ。

 

それぞれを尊重できる社風になりつつあることを感じられる出来事だった。

 

京都で子育て応援カフェ『cafe siskoti 』オープンする彼女の頑張りに、私も初心を思い出し思い切り刺激を受けている。チャレンジすることに臆病になっている自分に気づき、そこから脱出したいという気持ちが芽生えたのは彼女のおかげである。

 

「いくつになっても学び直しができ、新しいことにチャレンジできる社会。」

図らずもまんまと国が目指している方向に向かっているようだ。

 



初づくし


一年前の去年の今頃、「初づくし」というタイトルで2016年の初体験を綴った。2017年も人生初の体験をどれくらいできるだろうと楽しみにしながらいろんなことに挑戦した。

 

運動嫌い、そして動物が苦手な私がいやいや挑戦したイルカライド。甥っ子姪っ子と友人家族と一緒にイルカに乗りに出かけたときのこと。私はもちろん見学者として参加する気だった。初のイルカライドは甥っ子姪っ子もやりたい気持ち半分、不安半分だったようで、一緒にイルカに乗ってほしいとせがまれて重い腰をあげた。おそらくもう二度と挑戦することは無いと思うが、貴重な経験ができたことに満足。やはり生き物、イルカにも私の怯えや不安が伝わるらしく心無しかスピードを落としてくれているように感じた。甥っ子姪っ子はすぐに慣れ、乗りこなしている風だった。

 

人生初のゴールド免許。5年に1回の頻度で何かしらしでかすので、長いあいだ普通免許だった。この5年は出来るだけ車を運転しないことを心がけていたことが奏功して初のゴールド免許。ゴールドになったらなったで、取り上げられる恐怖で今年も運転回数を減らそうと思っている。

 

半年と空けずに人を採用。これも初の経験。毎年新卒を採用するなど夢のまた夢だけれど、それでも永く続く会社を目指すには定期的に雇用しないと高齢化が進む一方。働きたいと言ってくれる人がいることが嬉しくて思い切って、立て続けに採用を決めた。新採用の二人がどんな風にエストロラボに新風を吹き込んでくれるか楽しみな一年である。

 

その他にも、キューバに行ったり、北陸新幹線に乗ったり。いままさに初だ~!と感じながらの経験を少々。

 

2018年はどんな初体験が待っているのか。

来年の今頃もこうして一年を振り返る時間を持ちたい。